白川 郷 落ち武者
- Rolf Reeves
- Oct 30, 2023
- 6 min read
和田家住宅 世界遺産「白川郷」の歴史 合掌造り
親鸞(しんらん)は、 比叡山 延暦寺 でも修行し、のち浄土真宗の宗祖となる訳ですが、嘉念坊(かねんぼう)善俊(ぜんしゅう)は、1231年に 箱根 にて直弟子となり、命を受けて各地を巡教しました。 そして、白川村鳩谷に道場を構えて浄土真宗を飛騨に広めましたが、その寺が現在の照蓮寺(しょうれんじ)となります。 ただし、古来より、白川郷をはじめ飛騨の土地は、美濃・白山神社の長滝寺が所有しており、絶大な権力を持っていたようです。 しかし、白山・長滝寺の勢力が衰えると、1460年頃から、室町幕府が派遣した内ヶ島為氏が白川郷に進出し、鉱山開発などを行い勢力を伸ばしました。 その過程で、照蓮寺の僧であった三島将監などが駆逐されています。

戦国時代 、 帰雲城 の 内ヶ島氏理 らは、1586年の天正地震にて、村ごと土砂の下に埋もれました。 ただし、内ヶ島氏は、本拠地を 荻町城 から帰雲城に移していましたので、現在の白川郷の中心地である荻町集落より、保木脇(ほきわき)地区のほうが、村の規模としては大きかったのかも知れません。 山崩れにて埋没した家屋も、300戸以上とありますしね。
江戸時代 には、飛騨・高山藩(ひだたかやまはん)の領地となり、 金森長近 が初代藩主となりました。 しかし、飛騨では金・銀・銅・木材など資源が豊富だったことからか、江戸中期からは幕府の直轄地(天領地)となりました。
白川郷の合掌造りの建物が、いつ頃からできたのかは、定かではありませんが、江戸時代の中期頃に、原型ができたと推測されています。 世界的に見ても、白川郷は、有数の豪雪地帯であり、傾斜が急で、大きな屋根を持つ合掌造りの家屋が生まれたと考えられています。 屋根の傾斜が急ですと、屋根に雪が積もらず、家屋の倒壊が軽減され、また、重労働で危険も伴う雪下ろしが不要と言う事です。 合掌造りの茅葺屋根は30年から50年の耐久性があります。
特に農地が乏しい白川郷では、分家を認めず、長男以外に正式な結婚を許さない大家族制度になっていました。 そのため、大きな合掌造りの家に20名~30名ほどの大家族で住んでいたと言う事になります。 なお、分家ができない兄弟は、他家の女性の元へ通って、内縁を結び、妻問い婚をして、生まれた子どもは女性の家にて育てられたと言います。 養蚕で生計を立てていた白川郷では、子供が成人すると貴重な労働力となるため、子供ができると祝福されたようです。 このように女手は、家業に精を出すため、基本的に他家に嫁がず、子どもを生むのが習慣だったと言います。
和田家住宅
特に白川郷・萩町地区の和田家住宅(わだけ-じゅうたく)は、集落で最大規模を誇る合掌造りの建物で、国の重要文化財に指定されています。 和田氏は、江戸時代に名主や番所役人を務め、白川郷の重要な現金収入になっていた焔硝の取引を担っていました。 現在も住居として使われていますが、1階と2階の一部が有料拝観可能となっています。
白川郷・和田家への交通アクセス・行き方ですが、総合案内所であいの館から徒歩15分程度です。 駐車場は、白川郷の有料駐車場利用となります。 有料見学ですが、ぜひ、見ておきたい建物になっています。 見学所要時間は10分~20分ほどです。
【世界遺産】白川郷・五箇山の合掌造り集落を100倍楽しむためのマメ知識4選
2つ目のヒミツ、それは家屋の妻面(屋根の表面)が東西を向いている事。これは屋根の両側が均等に日光に当たるようにという狙いがあります。 豪雪地帯のこの地域では、雪が屋根に積もってその後に日光で徐々に解けるわけですが、この時に屋根の両側で雪の解けるスピードに違いが出てしまうと、屋根の両側で重みが変わってしまってバランスが崩れてしまいます。 先ほどご紹介した通り、合掌造りは絶妙なバランスで成り立っている家屋のため、少しのバランスの歪みで大きな影響を受けてしまうのです。とても繊細な造りとも言えますよね。
集落のヒミツ③:白川郷の集落に存在していた「結」制度
集落のヒミツ④:白川郷・五箇山で営まれていた産業とは?
戦国時代に鉄砲が日本に伝わってからというもの、各地の大名たちにとって鉄砲の原料である塩硝を確保することはとても重要な課題でした。 この塩硝の原料になる硝石は水に溶けやすい性質のため、雨の多い日本では自然に産出することが難しい原料です。 そこで、この地域の人たちは人工で硝石を作り出し、塩硝を製造していたのです。水に溶けやすい硝石を作り出すには雨を避ける場所が必要なわけですが、それが家屋の床下だったのです。
【世界遺産】白川郷・五箇山の合掌造り集落のまとめ
白川郷・五箇山の合掌造り集落が世界遺産に登録された理由
世界遺産と現実
(参考:「日本の世界遺産 秘められた知恵と力」NHK出版 河邑 厚徳、「知られざる白川郷」風媒社 馬路 泰藏、「世界遺産白川郷―視線の先にあるもの」筑波大学出版会 黒田 乃生)
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