村 の 風習 怖い
- Rolf Reeves
- Oct 30, 2023
- 7 min read
日本の地方に伝わる『怖い風習・奇妙な風習』まとめ
秋祭りにしては遅い十月の初めに「おさっしゃ」と呼ばれるお祭りがありました。 これは漢字にするとどの字を当てるのか未だにわかりません。 これが正式な名前なのですが、村の大人達は里にいるときには、このお祭りのことを「おかえし」とも呼んでいました。…(中略)…そのときに社前で舞を舞う男の子が一人おり「にしろ」と呼ばれていましたが、これもどのような漢字を当てるかはわかりません。 そして次の年の「にしろ」にわたしがなったのです。 「にしろ」は前年の祭りが終わった十二月に十一歳の男の子の中から選ばれます。 自分で言うのもなんですが、「にしろ」に選ばれるのは、顔立ちの優しい体つきの華奢な子です。 そして選ばれたその日から「にしろ」は女の子として育てられます。 髪を伸ばし、女の着物を着て村長のお屋敷の一間を借りて過ごします。

十柱神社
日本の各地に十柱神社(とばしら)と言うのがある。 大抵、日本書紀に出て来た神様だとかを祭っている神社で10人の神を祭るから、10柱というのだそうだ。 土木工事なんかの御利益があると言われている。
ただ近所の十柱神社は不思議なことに、祀られている神様の数が9つしかワからん。 というか、10番目は「来るもん」だそうだ。 あと火気厳禁で神事でも火を使うことは一切禁止されている。
ずーっと気になっていたんだけれど、先日ある工事関係の人からこの神社の秘密を聞くことが出来た。 実は10人目の柱とは人柱のことで、「とばしら」神社が火(ひ)を嫌うのは「ひ+とばしら」となる事を隠したいからでそういう事に気を使い、神経質になるぐらいぐらいにはその儀式は行われていたんだそうだ。 十柱神社の裏手を掘り返すとそのときに使った鉄器やらが過去の遺物として大量に出てくるはずだ。と。
九州南部の集落
うちの一族はもともと九州南部の山間の小さい集落に住んでいて、 集落の名前(地名)=一族の苗字、集落全体が親戚って感じです。 そんなうちの一族に伝わる不思議な話です。
もともと別の土地に住んでいたらしいのですが、戦に追われ、一族郎党でその山に逃げ込みました。 着の身着のままで、上は老人、下は乳飲み子で、食べるものもなくなり、山中で精も根も尽き果てて、あたりも暗くなり、 もはやこれまでか…とみんな諦めかけたそうです。 すると闇の中から人影が現れ言いました。 「こんな夜中に幼子を連れて山に居る輩がいる、と言われて様子を見に来たら、本当にいるとは驚いた」 地元の人間が警戒して偵察に来たと思った長老が、 「明日になればすぐに立ちさる。申し訳ないが見逃してくれ」と頼みました。 人影は疲労困憊の一族を見回し、しばらく考えると、 「ここでは夜露をしのぐには辛かろう。 あっちに窪地がある。そこで火を焚き暖を取るといい」 そう言うと山の中に去っていきました。
その場にとどまっても仕方ないと、言われた通り窪地に移動して一夜を過ごしました。 夜が明けて、とりあえず移動しようとすると、 山の中から『鷹のような異形の男(口伝のまんま)』がイノシシを担いで現れました。 驚いていると、「姉者のお恵みじゃ。喰え」と言いました。 その声は昨晩、窪地を教えてくれた人影の声でした。 警戒しながらも、腹をすかしていた一族は有難く頂きました。
ご飯を食べてる間、鷹のような男は、 長老たちに、どうしてここにやってきたのか、これからどこにいくのか聞いてきました。 今迄住んでいたところを追われ行くあてはない、と答えました。 鷹の男は話を聞くと、 「このまま山を下ると川にあたる。そのまま川沿いに下ると大きな岩がある。その辺りは弟の縄張りだ。 話は通してあるから、そこに集落を作るといい」 そう言うと、いつの間にか居なくなっていました。
あれは山の神の使いに違いないと思ったご先祖様は、言われた通り川沿いにあった大岩の近くに集落を立てて、 以降、大岩周辺にいる神様を『山裾さま』、山中で出会った鷹の男の神様を『山中さま』、 鷹の男が言っていた姉者を『山上さま』と呼んで奉りました。
口減らしの山
昔、姥捨山や間引きした赤ちゃんを捨てていたという。 そして、泣き声が聞こえても、「あれは○が鳴いているんだよ」ってことにされていた。 というのが地名の由来。 そんな悲しいお話。
キムジナー
30年くらい前、小学校に行くか行かないかの頃の話。 父の実家が鹿児島最南端の某島で、爺さんが死んだというので葬式に。 飛行機で沖縄経由で島に行き、父と激似の島民というか葬儀屋に案内され、はじめてその実家へ。 確か2月で、寒くは無いが、イメージしていた南国には遠く、曇りでどんよりしていた。 当時福岡に住んでいたので、親戚は会う人みな初対面でちょっと居場所が無かったのを覚えている。
そこの風習は土葬で甕に入れるために爺さんが仰向けだが、足をちょうど正座する状態でそのまま寝かされていた。 弔問客は皆、爺さんのひざに触る。 婆さんは、方言というか外国語というか、何を言っているか分からないが、どうやら「ひざに触ると爺さんが喜ぶ」とのこと。 死体に直に触るのをはばかれてか、タオルがかけられている。
南方の島の家というと、風通しの問題なのか、ほぼ畳敷きの広場といった風情。 よく見るとふすまの敷居もあり、普段は部屋が区切られるようだが、人が集まるということもあり、ふすまは全部取り払われ、長い縁側から大きな部屋に仕立てられていた。 そんな広間で、爺さん共々みんなで雑魚寝していた。 縁側のほうは雨戸が閉められ、うっすらとした常夜灯だけの夜。 遠くから海の音が聞こえる。 20人ほどの親戚一同との雑魚寝で、なんとなく寝付けず、悶々としていた。
すると婆さんが一人でずかずかと雨戸に寄り、ガラリと開け放ち、「hふrひえjsdんしうgf」と方言でわめき散らした。 何やら怒っているようだった。 すると音はピタリと止み、みな安心したようにすぐに寝入ってしまったのだ。
なんだか夢の続きのようで、思わず婆さんに「何?」と聞いてみた。 婆さんは方言で優しげに頭を撫でながら何か言ってたが、分からない。 そばにいた親戚の女の人が通訳してくれたのは、次のような内容だった。 「あれはキジムナーだ。爺さんに会いに来たけど、もう夜遅いから明日にしてくれ、と婆さんが追い払った」
翌朝は葬式で、おそらく島中の人が来たと思われる人出。 神主が来て葬式が執り行われ、長い行列の中腹に甕が担がれ、出て行ったのを見送った。 子供がそれについていけなかったのは、それも何かの風習だろう。
後で島を散歩すると、砂浜の脇の小高い丘に小さな神棚が転々と置いてある。 海からの風を避けるように、草むらの脇に無秩序に並んでいる。 どうやらその下に甕が埋まっているようだ。 数年後に掘り出して、のど仏だけを墓に納めるらしい。 それには父だけが参加した。
日本の地方・田舎の『怖い風習・奇妙な風習』まとめ – 地方の言い伝え70選
山村だが川にはアマゴやアユ、ウナギもいたが食べる風習はないどころか、出汁ジャコ以外の動物性タンパク質は一切取らない。 エタと犬神憑きと呼ばれる人たちだけは魚を食べる風習があった。 周りはみな農民なのに明治以前から商家でもないのに、どの家も「屋号」という名目で苗字を持っていた。 犬神憑きとエタの家は魚以外にもオオサンショウウオも食べていたそうな(戦前) 周りの家は農耕用には牛を使っていたが、↑の家は馬を使う。 鶏も飼っていたが卵を街で売るために飼っていて自分達では肉も卵も食べない。 戦中生まれの父も魚も鶏も一切食べたことがないとのこと。 家系図は豪雪の冬に破れ障子を繕うために使ったために残っていないとのこと。 不思議なことに近隣の集落の全世帯が家系図を紛失したので残っていないとの伝承がある。
宮古島
年に一回神に仕える巫女たちが棒きれを持って「ヨーンテル、ヨーンテル」と叫びながら集落中の家や車などを叩いて回る行事がある その巫女たちのことを「カエルガマ」「ヨンテルヘーヘー」って言うんだけどこれがめちゃくちゃ怖い 小さい頃からこの巫女たちが歩き回ってるところは見るな、と結構きつく言い渡されていて 家の近くに来たら必ず隠れるようにしていた 棒きれ持って何してるかって言うと集落内の悪いモノを追い回してるんだそうだ そして全部の家や学校、公民館などを回った後、最後に集落のはずれにある断崖にその悪いモノを追い落とすらしい ちなみにこの巫女たちは生きている人間を見つけても追いかけてくる 一回だけこっそり見たことあったけど、異様な雰囲気でスゲー怖かった
静岡県
地元には子泣き岩ってのがある その岩はある川の上流にぽつんとあるんだが、霧雨の夜になると岩の下から赤ん坊の泣き声がするんだと で、その声を聞くと自分の家族(子供)が早4にするから、子供のいる家の人は近づいちゃいけないって言われてた



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