ダーキニー 顔
- Rolf Reeves
- Sep 22, 2023
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荼枳尼天
ダーキニーは漢訳仏典では「荼枳尼」と表記され、これに「天」をつけるのは日本独自のものである。 『大日経』の教えを図案化した胎蔵曼陀羅では閻魔天の配下衆として描写される。 ここでの荼枳尼衆は死者から生命力(精)を奪う「奪精鬼」としての役割を持つ。 日本に渡った後、一人の神となり、白い狐に乗る美しい天女の姿になった。狐も野犬のような、地面を掘る習性があり、時には埋葬された人間の遺体も食べた。 このことから死と血の臭いを漂わせるこの夜叉神と結び付けられたのだろう。

信仰
天皇という語を含む異称を持つ彼女は、天皇即位時に行われる灌頂の儀式でも祀られたという。 公家や武士のような他の上流階級、さらに遊女や博徒、被差別階級のような、社会の下層に置かれた人々も彼女を信仰した。 その理由は信者であるなら誰が相手でも絶大な現世利益を与えるとされたからである。 しかしその反面、信仰は一生ものであることが要求され、僅かでもお勤めを疎かにするなら、強烈な祟りを下すという。 そのため歓喜天と並び「素人さんがむやみに拝んではいけない神」として有名である。 中世には彼女のご利益をさらに引き出せるものの、さらに危険な「外法」と称される修法が存在したらしく、文学作品にも登場する。 真言立川流の僧侶・心定が自著『受法用心集』で紹介した髑髏本尊を使用する教団(所謂「彼の法」集団)においても荼枳尼天が祀られていたらしい。心定はこの教団を「邪行」の徒と呼んでいる。髑髏本尊教団側の文献は失われており、現状では『受法用心集』のみがまともな資料とされている。より時代をくだって現れる文献はこの教団を批判する僧侶の宗派である立川流のほうを髑髏本尊を使う淫祠邪教とする印象操作を行っていたり、そうした先行するネガティブキャンペーンの影響下にあり、その点でも情報の正確性には疑問が残る。
現在では稲荷神社の一部で彼女が祀られている。現在の稲荷神社で行われている荼枳尼天への祈祷は、かつて外法と称されていたものではない。 豊川稲荷で行われる『大般若経』転読は禅宗系では一般的なものである。 稲荷神との習合に対しては古来より批判的な見方も存在している。その一例として江戸時代の諸家の随筆・雑考などを集めた『百家説林』には以下の文章が収録されている。
「陀耆尼天の惡魔を。白晨狐王菩薩。又貴狐天皇など稱する飯綱使(イツナツカヒ)とおなじく。野狐大明神なりとも。野狐大菩薩なりとも稱し。…恐多くも倉稲魂の神名を假り。」 (出典:『百家説林』一〇五〇ページ) ここではダキニ天が悪魔とされ、「恐れ多くも倉稲魂(ウカノミタマ)の神名を仮りている」と非難されている。 飯綱使(イツナツカヒ)、飯綱使いとは中世に流行した妖術で、ダキニ天を祀り、管狐を使役する、というもの。 信州(現在の長野県)の飯縄神社に起源を持つとされ、この神社の祭神の飯綱大明神(飯綱権現)は基本的に不動明王の垂迹(化身)とされるが、この他に歓喜天、迦楼羅天、ダキニ天、宇賀弁財天を加え五柱の神仏が合わさった存在とする説(真言宗智山派・高尾山薬王院における「五体合相」説)が存在する。
荼枳尼天 荼枳尼天の概要
「荼枳尼」という名は梵語のダーキニー( Ḍākinī )を音訳したものである <1> 。また、荼吉尼天 <1> 、吒枳尼天 <1> とも漢字表記し、吒天(だてん)とも呼ばれる。荼枳尼'天'とは日本特有の呼び方であり、中国の仏典では'天'が付くことはなく荼枳尼とのみ記される。ダーキニーはもともと集団や種族を指す名であるが、日本の荼枳尼天は一個の尊格を表すようになった。日本では稲荷信仰と混同されて習合し <1> <3> 、一般に白狐に乗る天女の姿で表される <1> <4> 。狐の精とされ、稲荷権現、飯綱権現と同一視される <5> 。また辰狐王菩薩とも尊称される <4> 。剣 <1> 、宝珠 <1> 、稲束、鎌などを持物とする。
起源
荼枳尼天の起源であるインドのダーキニーは、裸身で虚空を駆け <6> 、人肉を食べる魔女である <7> 。ダーキニーの起源は明らかでないが <6> 、ヒンドゥー教もしくはベンガル地方の土着信仰から仏教に導入されたと考えられている <8> 。坂内龍雄によれば元はダーキンという名前の地母神で、ベンガル西南のパラマウ地方 (Palamau)においてドラヴィダ族のカールバース人によって信仰されていたという <9> 。土地を支配し育む神の配偶神であり、豊穣を司る農耕神であったという <9> 。立川武蔵によれば、ダーキニーは仏教に取り入れられたのち、ヒンドゥー教でも女神として知られるようになった <6> 。もとはベンガル地方の女神カーリーの侍女で、後にカーリーがヒンドゥー教の神シヴァの妃とされたため、ダーキニーもシヴァの眷属とされた、と立川は説明している <8> 。また、津田真一のいう「尸林の宗教」の巫女に起源を求める説もある(後述)。
ヒンドゥー教
インド仏教
大乗仏教 (雑密)
中期密教
中期密教では大日如来(毘盧遮那仏)の化身である大黒天によって調伏され、死者の心臓であれば食べることを許可されたという説話が生まれた <注 2> 。大黒天は尸林で荼枳尼を召集し、降三世の法門によってこれを降伏し仏道に帰依させた。そして「キリカク」という真言と印を荼枳尼に授けたとされる。自由自在の通力を有し、6ヶ月前に人の死を知り、死ぬまではその人を加護し、死の直後に心臓をとってこれを食べるといわれる <10> 。人間には「人黄」 <注 3> という生命力の源があり、それが荼枳尼の呪力の元となっているのである <12> 。
後期密教
インドの後期密教においては、タントラやシャクティ(性力)信仰の影響で、裸体で髑髏(どくろ)などを持つ女神の姿で描かれるようになっていった <13> 。明妃と呼ばれる女性配偶尊として登場する <14> 。髑髏杯(カパーラ)や肉切包丁(カルトリ)を手にした裸の女性の姿で表わされ、ヨーギニー(瑜伽女)とも呼ばれる <7> 。無上瑜伽タントラの密教修行において、行者の性的パートナーの役割を担う <15> 。仏教学者の津田真一は、後期密教のダーキニーは7-8世紀のインドでオルギー的宗教儀礼を行っていた魔女たちの集団であったと想定した <16> 。田中公明はこの津田の仮説を下敷きにして、ダーキニーは中世インドの尸林で祀られていた土着宗教の女神 <注 5> の眷属であったが、その女神の祠堂に仕える巫女もまたダーキニーと呼ばれたと推察している <18> 。
注釈
^菩提流支訳『入楞伽経』には、ダーキニーの漢訳に「荼伽」の女性形の「荼伽女」が使われる。 「大慧!是名楞伽大經中呪文句。善男子、善女人,比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷等,能受持讀誦此文句為人演說,無有人能覓其罪過,若天天女,若龍龍女,(…)羅剎羅剎女,荼伽 ,(…)若人非人,若人女非人女,不能覓其過,若有惡鬼神損害人,欲速令彼惡鬼去者,一百遍轉此陀羅尼呪,彼諸惡鬼驚怖號哭疾走而去。」(入楞伽經陀羅尼品第十七、入楞伽經卷第八) <11> 。
^ 『大日経疏』(『大日経』の注釈書で、来唐したインド僧・善無畏のもとで一行が著した)に記載される。
^ これは人間の頭、心臓に宿る粗大な心、煩悩が凝集したものなど諸説ある <12> 。
^ 七母天(サプタマートリカー、七母神)は7人の母神群で、それぞれが主要な男神の妻とされたが、後に7人すべてがシヴァの一族とされた <17> 。
^ 元来はヒンドゥー教とは異質な原住民系の土着宗教の女神であったが、後に七母天 <注 4> とされたり、ヒンドゥー教の女神ドゥルガーと同一視された <18> 。
^ インド中期密教に相当する。
^ 『古今著聞集』にも霊狐信仰とのかかわりが記されている。
^ 王子稲荷神社・日比谷神社・烏森神社(東京都)など。 <要出典>要出典>
^ 最上稲荷では祈祷本尊を最上位経王菩薩と称する。 <要出典>要出典>
^ 発音は <34> (n は連声による鼻音、dr は二重子音ではなく単子音のそり舌音)。
^ 「空を行く女」の意。カンドーマ <35> 、カンドゥマ <36> とも表記される。
^ ヒンドゥー教の七母天の一人であるヴァーラーヒー(亥母)は猪の顔をしており <17> 、胎蔵界曼荼羅でもその姿で描かれている <37> 。
^ 坂内はここの「キリ」を「hrīḥ」ではなく、「hrī」と読んでいる。 <38>



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