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スペース コロニー 苔

  • Writer: Rolf Reeves
    Rolf Reeves
  • Sep 22, 2023
  • 16 min read

15 大原の「Re:planter」村瀬貴昭さんに神様の住むテラリウムを植栽してもらう

英語では園芸上手を称して「 緑の指 グリーンフィンガー 」を持っているといいます。とにもかくにも庭と植物が大好きな彼らにとって、これは相当に尊敬される才能。そこへいくとわたしの指なんざさしずめ黒か灰色、あるいはツメでもしたかのごとき 鬱血 どどめ 色といった塩梅で、触れるそばから草木が枯れてしまう。とんだミダス王でございます。 なにしろエアプランツはおろか水に挿しておくだけでOKなチャイニーズバンブーですら殺してしまうのだから、これはこれで立派な才能といえるかもしれません。もっとも(それゆえか)人一倍の植物好きで庭を巡ったりフラワーアレンジに精を出したりは大切な日常の娯楽になっています。なぜか切り花ならそれなりに長生きさせてやれるし。 けれど、やはり「育てる」という行為には憧憬があります。アボカドの種から上手に芽を吹かせたりしている奥様なんかをみるとすっごく尊敬してしまう。聡明な女性は家事がなんたらとかって本がありましたが個人的には聡明な女性は緑の指をしている印象があるな。園芸と家事の間には深くて暗い河があるような気もするけれど。 わたしはいま庭のない暮らしをしています。いずれにせよ指の緑化計画は難しい環境。精々鉢植えの青紫蘇を死なせないようにがんばるくらいしかない。のですが性懲りもなく欲しい植物性の御つくりおきがあるんですよ。なまのプラントを英国に持ち込むのは至難の業なので半分は夢なんだけど、よしんば先々法律が変わらないとも限らない。そしたらいちばんに手に入れたい代物。 それは「Space Colony」。早い話がテラリウムの一種なんですが、まるい、昔の 浮き ブイ みたいな硝子球(古い電球だとか)に数種類のプラントが混ぜ植えされており、これがいつまで眺めていても飽きないくらい素晴らしいのです。上部にLED照明が仕込まれ、あたかも空中庭園のごとく部屋の中に吊るされた作品は、なんというか禅的な慰撫、慰謝を観る者に与えてくれる。しかもこれが丈夫で長生き、メンテもあまりいらないんですって。

透明なボールに水草と小海老だかメダカだかを閉じ込め、食物連鎖を利用して半永久的に飼うというのがかつてありました。あれはなんだか残酷な気がして嫌だったんですが植物ならば大丈夫。スペースコロニーの作者である村瀬貴昭さんは、どうやら豊富な経験知と独自の感性、そして野性の勘所みたいなもので限られた空間の中に食物連鎖めいた調和を創造しているみたいで、それがローメンテナンスでも丈夫で長生きする理由であるようです。 ああ、あれだ。中東さん。京都が誇る世界で最も予約が取れない割烹「 草喰 そうじき なかひがし」のご主人はいまでも毎日のように野山を巡って料理の素材を調達しておられますが、彼の手にかかるとどんなに複雑な調理過程を経ても本来の味わいを損なわないのです。ちょうど村瀬くんの植栽もそんな感じ。 中東さんは表面的な風味だけでなく奥底に眠っているような味覚までをも微妙な温度の具合や食べ合わせの妙で引き出してしまわれるのですが、そこいらへんの塩梅も似ているかもしれません。 そもそも【 楽園 パラダイス 】という言葉は古代ペルシャ語で【pairi=囲われた】【diz=壁(に)】、すなわち庭園を意味していました。それをソクラテスの弟子だった哲学者のクセノポンがひとつの単語にまとめて【Paradeisos=楽園】なる世界観を定義したのです。のちに旧約聖書の『創世記』に引かれ、いわゆる「エデンの園」と同一視されて理想郷の代名詞となりました。つまり庭というのは人を拒むからこそ美しいものとして設定されていたのです。 そういう意味で、もしかしたら村瀬くんのスペースコロニーというのはこの世のどんな場所よりも本当の意味で楽園、エデンに近い存在なのかもしれません。そして霧吹きで水を与えるときに持ち主が自然、あるいは神様の役割を果たす以外、 閉鎖空間 エンクローズド だからこそわたしにだって育てられるかもしれないという確信があるのです。

たとえば日本には盆栽という素晴らしい芸術があります。しばしば村瀬くんの硝子球は盆栽に喩えられ、比較されてその魅力が語られるようです。が、わたしは盆栽とはむしろ正反対の性質を持っていると思ってんですよね。なぜって盆栽は'開かれている'から。 英国には風景式庭園というやつがあります。かのケイパビリティ・ブラウンを筆頭とする風景建築家によって緻密に植栽され構築された広大な庭園。あれこそが盆栽。サイズがマクロとミクロで異なるがゆえ両者は対照的に考えられがちですが、あれは本質的には対照ではなく対称なんです。鏡対称。景色を映すのに景色と同じサイズの鏡は必要ないでしょ? コンパクトにだって壮なる眺めが納められてしまう。 手垢のついた表現ですが「芸術は自然の模倣」っていうじゃないですか。間違って捉えられていることも多くて、ちょっとイラッとしたりもしますが自然を模倣するのは並大抵の技術ではありません。風景式庭園や盆栽は、まさに超絶テクで模倣された自然。対するにスペースコロニーはむしろ自然を拝借している。作為がないといっていいかもしれないし、無作為の作為と利休を気取っても叱られないでしょう。 先に答を言ってしまったかもしれません。村瀬くんの作品に似たものがあるならば、それは茶室ではないかとわたしは考察しています。彼の植栽は、まさに【しつらい】そのものですから。芸術性の在り方も然り。開放されていないがゆえに無限を内包することに成功した楽園球。きっと内側では目に見えないアダムとイブが一服している気がします。 すでにワールドワイドで高い評価を得ている村瀬くんなので、彼の 植民地 コロニー は日本各地をめきめき占領中だけれど、やはりとりわけ京都では出会う機会が多い。主張の激しいアートではなく、かといってただの小洒落たインテリア装飾品でもない。それでいて花を飾るのとは違ったインパクト。 そりゃまあホンモノの楽園を自分の店に吊るしておけたら、どんだけいいかとは思います。縁起がいいと申しましょうか(笑)。神の宿る 依代 よりしろ なるものは古来、岩石とか樹木とか人間の手が触れていない自然物に限ります。しかし、こちらの球になら降ろせそう。つまりは神棚的な役割をも果たしてくれる。縁起よさそうなのも道理です。神社で拝受される商売繁盛の縁起物を飾る習慣は廃れないでほしいですが、えべっさんの顔がついた熊手とか福笹は場所を選びます。 またこのスペースコロニーってやつが一見シンプルな構造でいながら置かれる空間によって見事に別の表情を見せる。だからどんなに席巻しようと見飽きないし「どこにでもある」風情にならない。このごろは低俗なパクリ球がぶら下がってたりもするんですが、そっちは招き猫や鮭を咥えた木彫りの熊を鎮座させたみたいな印象なのですぐにわかります。 学食っぽい気安さが身上の「CAFÉ INDÉPENDANTS」(カフェ・アンデパンダン)で見かけたスペースコロニーは、独特に無国籍な雰囲気を演出するのに一役買っていました。それこそ 宇宙 スペース コロニーの食堂にいるみたいな気分。「清水 京あみ」や「OTOWA」といった観光地のど真ん中でお商売をされている店にあると、それだけでおのぼりさん御用達ではなく地に足がついた、ちゃんとした仕事をしておられる好印象が生まれています。 まるで結界でもあるように前庭にこんもりと植物を繁らせた「mole」では客の静粛を促すように睨みをきかせていたのが面白かったですね。とても居心地のいいカフェなんですが、その安寧を護る役割を果たしている。「germer」なんかでもそうでした。ここは一言でいうと「パンとフランス惣菜の店」なんですが、驚くほどよく出来ている。というか只者ではない。ここではスペースコロニーがその稀なクオリティを物語っている看板娘のようです。

「22 PIECES」はお洒落の吹き溜まりみたいな京都の最新スポットですが、ここでも存在感はピカいち。ただ興味深いのは、あんなに目立っていながら他を圧していないというか和合しているんですよね。むしろまとめ役というか全体のイメージを統べるみたいなアンビアンスを発散させています。 かくのごとく様々なシーンごとに豊かな眺めを提供しているスペースコロニーですが、たぶん京都を煮〆たような町屋の通り庭や軒先に揺れていてもこの上なく風景に寄り添うでしょう。百年前からあったみたいに馴染むでしょうね。 しかし、わたしが知っている範囲では「ギャラリーYDS」のショップにあるものがとりわけ端正で、また端的に概念と 禀性 ひんせい を伝えている気がします。ここのオーナーである高橋周也さんの美意識が抜きんでているからかもしれません。と、エラそうなことをいっていますが、わたしがこちらを知ったのはつい先日。それも村瀬くんの個展に伺ったのが最初。

それにしても「再生」と名づけられたこのエキジビションの 蠱惑 こわく 的だったこと! 観る者の精神を 勾引 かどわ かし拘束して離さない。陶芸家が世に送り出すのをとどめた作品、盆栽家が仕立てを諦めて放置していた植物を 再構築 リコンストラクト したインスタレーションは、遠い過去に滅びた文明の遺構のようでもあり、遠い未来に滅びる人類の遺跡のようでもある。 わたしは、なるほどスペースコロニーが割れるとこんなものが飛び出すのか、などと勝手な空想を愉しんでいました。そりゃあ、こんなものが隠されているのだとしたら欲しくもなるはずだわ、とか。 このときに村瀬くんと交わしたのが、作り手以外にとっては陶芸も植栽も失敗作なんてないよねという話でした。焼き物でも園芸植物でも、それを作品として、あるいは商品として表に出すとき作家の名のもとに気に染まぬものを見せたくない気持ちはよくわかる。けど、それらにだって美は ― ―それこそ依代のごとく ― ―籠っているし香っている。と。 「廃墟だってそうですよね。もはやそれらは住居には適さなくなった建築ですがたくさんの人を惹きつけるでしょう? その理由はやっぱり美しいからなんですよ。ステレオタイプな美しさではないだけで」 いつか、けど必ず御つくりおきをお願いしようと決意した瞬間でした。わたしの条件はエクストラ丈夫で長生き。ただそれだけです。

Re:Planter・村瀬貴昭さんが提案する 植物を介したコミュニケーションの形

お気付きの方もたくさんいらっしゃるでしょうか。GOOD NATURE STATIONの3階にあるコスメティック&トイレタリーやクラフトアイテム&ホリスティックウェアの販売ゾーンに、美しい植物が目を引くテラリウムが点在していることを。ガラスの球体に植物を閉じ込めたSpace Colonyシリーズの生みの親が、京都在住の植栽家である村瀬貴昭さんです。屋内にいながら、小さな生態系を感じられるSpace Colonyや「Re:Planter」としての村瀬さんのクリエイティビティの源について、そしてこの作品をGOOD NATURE STATIONで表現することへの思いなどをお伺いしました。

植物と消費されるものを掛け合わせる

「Space Colony」誕生のきっかけ

植物を育てる姿もGOOD NATUREに

GOOD NATURE STATIONでは、3階のコスメティック&トイレタリーやクラフトアイテム&ホリスティックウェアの販売ゾーンに4つのSpace Colonyがあります。また、クラフトアイテム&ホリスティックウェアの販売アイテムの棚やGOOD NATURE HOTEL KYOTOのスイートルームの植物のコーディネートも村瀬さんが手がけています。

村瀬:「当初3階に置くSpace Colonyはもっと大きなものをというアイデアもありました。ですが、このフロア販売するのはコスメや雑貨など小さなアイテムが多い。大きなSpace Colonyは見応えがありますが、小さなアイテムと合わせるには小さなものの方が合うなと、このコンパクトなサイズに落ち着きました。今は扱っている商品と関連づけたり、販売する商品を印象付けられるようなイメージの植物をセレクトして月に1回ぐらいのペースで植物の入れ替えやメンテナンスをしています」

村瀬:「こういったところに植物を置くのは商品や空間をよりよく見せるためだし、お客さまに植物を楽しんでいただくためですよね。だけど、僕はここで働く人にも植物を置くことや育てること、メンテナンスすることも含めて楽しんでほしいと思っています。僕が来られない間の水やりや簡単なメンテナンスはスタッフのみなさんにレクチャーしたうえでお任せしています。こちらのスタッフの方はとても熱心で、最近水やりのペースもつかめて来て、育てるのがとても上手になりました。循環を大切にした商業施設だからこそ、スタッフが植物を育てている姿も含めてGOOD NATUREであるべきだと思うんです。植物を育てるという共通の目標があって、密なコミュニケーションをとることで、植物への理解が深まり、面白いと思ってもらうことにつながる。それが植物を育てる自信へと変わっていくと、植物への着眼点が一歩進んだり、販売アイテムのコーディネートへとどんどん踏み込んでいけるんです。そうするとさらにお客さまとの会話にもつながっていく。植物を介したコニュニケーションで、GOOD NAUTRE STATIONが盛り上がっていけば面白いなと思います」

村瀬貴昭(むらせたかあき)

スペース コロニー 苔

宇宙植民計画は、旧世紀(20世紀)のアメリカの物理学者であり宇宙開発先駆者の一人、ジェラルド・K・オニールの計画が基礎となっている。 人類の生活領域を惑星表面に限らず、宇宙空間に浮かぶ巨大構造物=スペースコロニーへと広げることで、無尽蔵の太陽エネルギーを効率よく利用できるようになり、人々には豊かで快適な生活環境が約束されるという、バラ色の壮大なビジョン……。 宇宙世紀では、一般にオニール考案の島3号タイプに近い形式のスペースコロニーが採用されることとなった。 これらの建設資材は、月面や、地球近傍へと運ばれた小惑星から調達されている。これは、地球から莫大な資材を運び上げるよりも、桁違いにローコストでコロニーの建設が可能になったからだ。

「開放型」と呼ばれる、シリンダー型のコロニーの平均サイズは、直径6.4km、長さ36.0km。円筒内部が軸方向にそって6つの区画に分割され、人々が生活する陸と、外部から太陽光を取り込む窓が、交互に各3面ずつ配置されている。 窓の外側には太陽光を受ける巨大なミラーが設置されており、そこで反射した光が対面する陸地を照らし出す。太陽に対するミラーの角度を調整することで、季節感や時間経過などの日照のコントロールが行われている。 スペースコロニーの主要なエネルギー源は太陽エネルギーであるため、ミラーは常に太陽の方向を向くように制御されている。つまりミラーの付け根は、必ず太陽とは反対側にあるわけだ。 この太陽と反対側の端の根本から、半径14.35kmの円周上に、ドーム型の農場プラントが多数配置されている。それぞれの農場は、ミラーの影に隠れない3つのブロックに別れて配置されており、コロニーの住人の食料を補って余りある生産能力がある。ただし、余剰分は半ば義務的に地球連邦への輸出に当てられるため、コロニーでの暮らしは決して楽ではない。

コロニーは長軸を中心に自転することで、1Gの疑似重力を作り出している。 人類にとって必要な重力がどの程度かは議論の分かれるところだが、少なくとも無重力下で長期間暮らすと、骨からカルシウムが失われ脆くなるなどの、生理学的な障害が起きる事が解っている。 また、回転重力によってめまいが起きない最低のサイズと速度は半径500m、毎秒1回転で、回転半径がこれより大きいか、回転がゆっくりならば、人々の生活には支障が出ることはない。 宇宙世紀のコロニーでは多くの場合、故郷の地球と同じ1Gに近い環境が選択されることとなった。

宇宙植民構想は、破滅に瀕した人類が生き延びる唯一の希望ではあったが、そのビジョンを具体的に実現することは、一筋縄ではいかない難事業だった。そこには、計り知れない数の人々の不断の努力、そして無数の犠牲があったことは否めない。 真空の宇宙空間の中に、人類の生存が可能な巨大構造物を作り上げることは、多くの試行錯誤を必要とし、想定外の欠陥や、数多くの深刻な事故を乗り越える必要があった。 大気リサイクルの不備による大気汚染や、小天体の衝突による隔壁の破損などによって、失われた命も少なくない。 しかし、これらの苦難の積み重ねが、宇宙世紀の礎となった。たとえば隔壁が破損しても、バルーン型の補修剤を流出気流に乗せて損傷箇所に集中させ、すみやかに補修する技術など、宇宙植民に欠かせない基本的なテクノロジーの多くは、この時代に洗練されたものだ。

宇宙世紀におけるスペースコロニーの大半は開放型だが、唯一例外がある。 サイド3、ムンゾ、後のジオン公国となったコロニー群は、独特の「密閉型」コロニーを採用している。 サイドとは、スペースコロニーの建設計画の順をあらわしていて、サイド1、サイド2はラグランジュ・ポイントのL4とL5周辺で建設が始まった。 しかし、透明窓や巨大なミラーなどハイレベルの技術が必要だったこともあり、工事は難航、事故も頻発して、計画は大幅に遅れ、このままではコロニー計画全体が頓挫するとの報道もたびたび行われるようになった。 そんなとき、より現実的なテクノロジーを使って、すみやかに宇宙移民を実現させようと考案されたのが、密閉型コロニーだった。 密閉型コロニーの平均の長さは開放型と同じく36.0km。シリンダー直径も 6.41kmと、開放型とほぼ同じくらいのサイズで建造された。 必要な電力は、周辺に浮かべた太陽発電プラントから供給される仕組みになっている。

密閉型は、開放型に比べて技術的に簡単なため、工期も短く、コストも安くつく。さらに、太陽光を取り入れる窓部分が必要ないため、陸地面積が開放型より広く取れ、単純計算で二倍の人口を収容できる。 建造コストの安価なコロニーを、より多くの人でシェアするため、移民のための経済的負担も少なくなる。一刻も早く、低価格で宇宙での生活を望む人々にとって、ムンゾは当初、理想のコロニーと考えられた。 しかし、密閉型ならではの住み心地の悪さは、確かに存在していた。たとえばコロニー内の地上から見上げた空は、対面する陸地の色の影響によって常に曇り空のような青みがかかった灰色に淀んでいる。地球暮らしを知っている第一世代の住民にとっては、密閉型コロニーは心地よいものではなかった。 そのため、開放型についての技術的な課題が克服されると、多くの人々はより高級感のある開放型を望むようになり、サイド4以降のコロニーもすべて開放型が採用されることとなった。

U.C.0057。 宇宙移民が始まって半世紀が過ぎた頃、ムンゾに反連邦の論旨で注目を集める活動家が現れる。のちのムンゾ自治共和国の議長となる、ジオン・ズム・ダイクンだ。 時代に登場したこの指導者は、密閉型コロニーに移住した移民第二世代であり、宇宙に進出したスペースコロニーの居住者達がスペースノイドと呼ばれる人類の革新者として進化して地球に住むアースノイドを凌駕する形質を獲得する、という自説を展開した。 その先鋭的な思想は、地球連邦政府から危険視され始めていた。 この時期、その身柄を拘束しようという動きが、ムンゾ駐留の連邦機関に起きる。 そんな時、ダイクンをかくまったのが、後のダイクンの側近となるデギン・ザビだった。 ムンゾの密閉型のスペースコロニーで、後の大いなる戦乱の火種を生む思想は確実に蔓延していった。 歴史に「If」は無意味だが、ダイクンがもし、サイド3以外に住む者であったなら? 時代は、ほかの道を歩んだのかもしれない。

 
 
 

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