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スサノオノミコト 家 系図

  • Writer: Rolf Reeves
    Rolf Reeves
  • Sep 22, 2023
  • 18 min read

國學院大学 「古典文化学」事業

読み たけはやすさのをのみこと/たけはやすさのおのみこと ローマ字表記 Takehayasusanoonomikoto 別名 須佐之男命 須佐能男命 速須佐之男命 登場箇所 上・みそぎ 上・三貴子の分治 上・須佐之男命の昇天 上・うけい 上・天の石屋 上・須佐之男命の追放 上・八俣の大蛇退治 上・須賀の宮 上・根の堅州国訪問 他の文献の登場箇所 紀 素戔嗚尊(五段本書・一書一・二・六・十一、六段本書・一書一・二・三、七段本書・一書一・二・三、八段本書・一書一・二・三・四・五)/神素戔嗚尊(五段本書)/速素戔嗚尊(五段本書) 出雲風 神須佐乃袁命(意宇郡)/神須佐能袁命(飯石郡、大原郡)/神須佐乃乎命(大原郡)/須佐乎命(意宇郡)/須佐能袁命(嶋根郡、神門郡、大原郡)/須佐袁命(嶋根郡)/須作能乎命(秋鹿郡)/須佐能乎命(秋鹿郡) 備後風 速須佐雄能神(逸文) 拾 素戔嗚神(天地開闢、日神と素神の約誓、素神の天罪、素神の追放、素神の霊剣献上) 旧 素戔烏尊(陰陽本紀、神祇本紀、地祇本紀)/建速素戔烏尊(陰陽本紀)/速素戔烏命(陰陽本紀)/神素戔烏尊(神祇本紀)/建素戔烏尊(神祇本紀)/速建素戔烏尊(神祇本紀)/速素戔烏尊(地祇本紀) 姓 素佐能雄命(大和国神別)/素戔烏命(未定雑姓・摂津国) 神名式 須佐袁神社(出雲国出雲郡)/須佐神社(出雲国飯石郡、紀伊国在田郡)/須佐能袁能神社(備後国深津郡) 梗概 伊耶那岐神が黄泉国から帰還して禊をした際に生まれた三貴子(天照大御神、月読命、建速須佐之男命)の内の第三で、鼻を洗った時に生まれた神。 伊耶那岐神からは海原の統治を命じられたが、国を一向に治めず、母のいる根之堅州国へ行くことを願って泣きわめき、災いを引き起こしたため、伊耶那岐神の怒りに触れて追放された。 そこで、母の国へ行く許しを姉の天照大御神に請おうと天にのぼったが、山川や国土が動揺し、国を奪う意図があるのではないかと天照大御神に警戒される。潔白を証明するため天安河原で天照大御神とウケヒ(誓約)を行って互いに神々を生み、その結果、須佐之男命は、自身の潔白が証明され、勝ったということを自ら宣言した。その勝ちに乗じて天上で乱行を働く須佐之男命に対し、天照大御神はその行為を咎めずに弁護したが、遂には恐れをなして天石屋に閉じこもってしまう。 やがて天照大御神を石屋から引き出した八百万神たちにより、須佐之男命は天上から追放される。また、食物を乞われた大気都比売神が、鼻や口、尻から様々な食物を出し、調理して進上した時、それを見た須佐之男命は、汚いことをして進上しているものと思い、その神を殺してしまう。その死体からは、蚕や稲種、粟、小豆、麦、大豆が生じたので、神産巣日御祖命がその種を取らせた。 追放された須佐之男命は出雲国の肥の河上の鳥髪に降り立つ。その地で八俣遠呂智(やまたのをろち)という大蛇を退治して櫛名田比売を救い、大蛇の尾の中から得た草那芸之大刀(くさなぎのたち)を天照大御神に献上した。 それから、出雲の須賀に宮を作り、櫛名田比売と結婚して八島士奴美神を生んだ。その子孫には大国主神がいる。また、大山津見神の娘の神大市比売と結婚して、大年神・宇迦之御魂神を生んだ。娘には須勢理毘売がいて、大国主神と結婚している。 根之堅州国にいた須佐之男命を訪問してきた大国主神には試練を与えた。それを乗り越えて地上に帰って行く際には、大国主神に現世の統治者としての資格を認めた。 諸説 『古事記』の中での呼称は「須佐之男命」表記が多い。「建」は勇猛、「速」は迅速の意で、この神の猛々しさを表した形容と考えられる。神名のスサは、主に、スサブ・ススムなどと同源とする説と地名由来とする説がある。 スサをスサブやススムと同源と取る立場では、いずれも須佐之男命の荒々しい性格を表した神名と解している。その原義については、勢いのままに進む意とする説がある。この見方の疑問点としては、スサという語の単独で使われた例が確認できないことや、風土記の伝承中では性格の荒々しさが見出しがたいことなどが挙げられている。 地名由来と見る立場では、出雲国飯石郡の須佐郷や紀伊国在田郡の須佐郷が候補に挙げられ、この神をその土地の首長とする説や部族の守護神とする説がある。また『日本書紀』で、妻の奇稲田姫の父が「稲田宮主簀狭之八箇耳」と呼ばれ「簀狭(すさ)」という語が含まれていることも、地名説の傍証に挙げられる。この説の疑問点としては、記紀では特定の土地の神という性格に限定されない重要な位置づけを占めていることなどが挙げられている。 各文献に記述された須佐之男命の性格は複雑多岐にわたり、本来どのような性格の神であったかは議論がある。従来、文献ごとの様々な伝承の間で見出される性格の共通点からその本性を探る研究が行われてきた一方で、近年は、そのように伝承ごとに異なる特徴を捨象して一個の須佐之男命像を取り出すという方法を問題視し、伝承ごとの性格の違いに注目した研究も行われている。 元来は出雲で信仰されていた神であったと考えられ、『出雲国風土記』からは、須佐之男命が稲田の神や地主神として出雲一帯で広く信仰されていたことがうかがえるが、記紀ではこのような性格が稀薄である。『古事記』においては、前半部分では高天原から追放される乱暴な神として語られ、後半部分では、出雲の地で娘を救う英雄的な神として語られるという二面性を持っているが、前半を大和の王権で創作された神話、後半を元来の出雲在地の伝承に基づく神話と見て、『古事記』の須佐之男命神話は両者を接合して成立したものとする見方もある。 須佐之男命が天上でふるまった乱行は、大祓の神事で祓いの対象となる天つ罪に一致することが指摘されている。『延喜式』所載「六月晦大祓」に見られる天つ罪は「畔放ち・溝埋め・樋放ち・頻蒔き・串刺し・生剥ぎ・逆剥ぎ・屎戸」という農耕の妨害行為である。これに基づき、記紀の須佐之男命を、王権に対立する祓われるべき悪や罪の化身という役割が付与された神と捉える説がある。 乱行によって天照大御神の石屋ごもりを惹起していることなどからも、この神は災禍を起こす悪神と解されることが多い。ただ、『日本書紀』本書においては、邪心を抱いて天の略奪や悪事を計った悪神としてはっきり記述されているのに対して、『古事記』では、姉の天照大御神に対して好意的で、乱行に邪心があったとは記されず、後には英雄的活躍を見せたり大国主命の国作りに関わっていることから、必ずしも悪神と見るべきでなく、善的な側面が看取されることも論じられている。また、『古事記』での須佐之男命は、神話の展開に伴って神格に成長が見出されることが指摘されており、乱行後に、祓いを受け天上から追放されたこと、もしくは、大気都比売神を殺害して穀物をもたらしたことによって、荒ぶる神から英雄的な神へという性格の転換が起こっていると捉える説がある。ただし、『古事記』の中では、荒ぶる力を持った勇猛な神という性格は常に一貫していることが指摘されており、神格そのものが一変したわけではないとする意見もある。 泣きわめいて山や河、海に災害をもたらしたことや、天に上ったときに山川国土を動揺させたことなどからは、嵐や暴風雨の神格化と捉える説もある。また、『日本書紀』の一書四で、子の五十猛神とともに新羅の曾尸茂梨の地に降臨しており、『古事記』に見られるその子孫にも外来の神とされる神々が見出されるなど、朝鮮半島との関わりも深く、元来は朝鮮系の渡来人が信仰した神とする説もある。『出雲国風土記』に見られる信仰の分布が、飯石郡や大原郡といった産鉄地域に重なることから、朝鮮系の渡来人がもたらし製鉄集団に信仰された製鉄神と捉える説もある。 須佐之男命の大蛇退治の神話については、「八俣遠呂智」も参照。 参考文献 倉野憲司『古事記全註釈 第二巻 上巻篇(上)』(三省堂、1974年8月) 倉野憲司『古事記全註釈 第三巻 上巻篇(中)』(三省堂、1976年6月) 西郷信綱『古事記注釈 第一巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2005年4月、初出1975年1月) 西郷信綱『古事記注釈 第二巻(ちくま学芸文庫)』(筑摩書房、2005年6月、初出1975年1月) 『古事記(新潮日本古典集成)』(西宮一民校注、新潮社、1979年6月) 高木敏雄『増訂 日本神話伝説の研究 1(東洋文庫241)』(平凡社、1973年10月、初版1925年5月) 肥後和男『古代傳承硏究』(河出書房、1938年9月) 松村武雄『日本神話の研究 第二巻』(培風館、1955年1月)第八章 西郷信綱『古事記の世界』(『西郷信綱著作集』第1巻、平凡社、2010年12月、初出1967年9月) 三品彰英「出雲神話異伝考」(『建国神話の諸問題』平凡社、1971年2月、初出1969年) 松前健「須佐之男命崇拝とその神話の形成」(『松前健著作集 第8巻 出雲神話の形成』おうふう、1998年5月、初出1970年5月) 次田真幸「須佐之男命の神話と大祓および根の国」(『日本神話の構成』明治書院、1973年8月) 矢嶋泉「悪神之音如狭蝿皆満 萬物之妖悉發―『古事記』神話の論理―」(『聖心女子大学論叢』67集、1986年6月) 阿部真司「スサノヲ命の原像を求めて―「出雲国風土記」より―」(『高知医科大学一般教育紀要』2号、1986年12月) 瀧音能之「記紀神話の意匠―スサノヲ神の八岐大蛇退治神話を中心として―」(『日本古代社会史研究』同成社、1991年4月) 西宮一民「スサノヲ神話の本質」(『古事記研究大系4 古事記の神話』高科書店、1993年6月) 松本直樹「古事記のスサノヲ像」(『古事記神話論』新典社、2003年10月、初出1993年11月) 瀧音能之「スサノオ神の研究」(『出雲古代史論攷』岩田書院、2014年2月、初出1994年4月) 小村宏史「『古事記』におけるスサノヲ像」(『古代神話の研究』新典社、2011年9月、初出1999年1月) 青木周平「スサノヲの名義とウケヒの文脈」(『青木周平著作集 上巻 古事記の文学研究』おうふう、2015年3月、初出2000年10月) 水林彪『記紀神話と王権の祭り(新訂版)』(岩波書店、2001年10月)第2部 山田永『古事記スサノヲの研究』(新典社、2001年10月) 平藤喜久子「明治期の比較神話学―スサノヲ論争をめぐって―」(『宗教研究』330号、2001年12月) 谷和樹「須佐之男命神名考―「須佐二字以音」の意味―」(『国文学研究ノート』37号、2003年1月) 権東祐「スサノヲの変貌―『古事記』『日本書紀』から『古語拾遺』へ」(『佛教大学大学院紀要 文学研究科篇』37号、2009年3月) 小濱歩「『古事記』須佐之男命像の特色―ウケヒ伝承を手がかりとして―」(『國學院大學紀要』48巻、2010年2月) 『古典基礎語辞典』(大野晋編、角川学芸出版、2011年10月) 吉田敦彦『日本神話の深層心理 アマテラス スサノヲ オホクニヌシの役割』(大和書房、2012年12月) 権東祐『スサノヲの変貌―古代から中世へ』(法藏館、2013年2月) 谷口雅博「『日本書紀』の素戔嗚尊」(『國學院雑誌』121巻11号、2020年11月) 植田麦「『古事記』の須佐之男命」(『明治大学教養論集』554号、2021年9月)

神名データベース凡例

  1. 一、古事記に登場する神々の名前を見出しに掲出し、(1)読み(2)ローマ字、(3)別名、(4)登場箇所、(5)他の文献の登場箇所、(6)梗概、(7)諸説、(8)参考文献の各項にその内容をまとめた。

  2. 一、'神'はどこまでを範囲とするか判断に迷う例もあるものの、尾畑喜一郎編『古事記事典』(桜楓社、1988年9月)の立項に準拠することとした。配列は、神名の読みの歴史的仮名遣いによる五十音順とする。

  3. 一、神名の表記は小学館新編日本古典文学全集『古事記』(以下「新編全集」)の漢文本文の表記に統一した。技術的に表示が困難な漢字は片仮名で代替した(キサ貝比売)。

  4. 一、「読み」は、歴史的仮名遣い・現代仮名遣いの両方で示した。歴史的仮名遣いは「新編全集」の本文の読み仮名に、現代仮名遣いは同書索引の読み仮名に従った。

  5. 一、「ローマ字」は、外語圏からの利用を想定して、ヘボン式表記を採用した。

  6. 一、「別名」は、その神の古事記中における他の名称・表記を一覧する。

  7. 一、「登場箇所」は、古事記上巻の場合、「上・みそぎ」のように巻名と「新編全集」の小見出しによって示した。中下巻の場合は「応神記・天之日矛」のように各天皇条の略号と小見出しによって示した。登場箇所の確認は「新編全集」附録の索引によった。実際のページ数についてはこちらを参照されたい。

  8. 一、「他の文献の登場箇所」は、文献の略号と小見出しによって示した。用いた各文献の略号と底本は次の通りである。

スサノオとオオクニヌシの関係を家系図で解説!古事記が語る試練の内容とは

と、父スサノオに報告します。

するとスサノオはオオクニヌシを呼び出し、蛇がうじゃうじゃいる部屋で一晩過ごすように命じました。

そこでスセリビメは、蛇に襲われない方法をオオクニヌシにこっそりと教えました。

オオクニヌシがその方法を試すと、呪力によって蛇は大人しくなり、その晩はぐっすりと眠ることができました。

そして翌日、今度はムカデとハチがたくさんいる部屋に放り込まれたオオクニヌシ。

ここでもスセリビメの助言により、無事に一晩乗り切ることができました。

しかし、スサノオの試練はまだ続きます。

スサノオは野原に矢を放ち、それを取ってくるようオオクニヌシに命じます。

言いつけに従い、矢を拾いに行ったオオクニヌシ。

するとスサノオが野原に火を放ちました。

燃え盛る火炎に取り囲まれたオオクニヌシは絶体絶命です。

しかし、ここで1匹のネズミが現れオオクニヌシにこう言いました。

オオクニヌシはネズミに言われた通り地面を踏んでみると穴があき、その穴の中で火が収まるまでやりすごすことができました。

さらにネズミはスサノオが放った矢を持ってきて、オオクニヌシに渡しました。

焼け野原になった光景を見たスサノオとスセリビメは、オオクニヌシは焼死したと思いました。

たいそう悲しみ、葬式の準備を始めるスセリビメ。

ところが、矢を拾ってきたオオクニヌシが無事に帰還したのです。

その後もまだまだスサノオの 嫌がらせ 試練は続きます。

スサノオはオオクニヌシを家に招き、

俺の頭のシラミと取ってくれ

と、オオクニヌシに命じました。

またまた素直に従い、オオクニヌシはスサノオの頭に近づいてみました。

ところが、スサノオの髪の毛にくっついていたのはシラミではなくムカデだったのです。

ここでスセリビメが一計を案じ、

木の実をプチっと噛んで吐き出せば、きっとムカデを噛み殺していると勘違いしてくれるはずです!

と助言しました。

オオクニヌシがスセリビメに言われた通りにすると、スサノオはオオクニヌシの好意に感心し、気持ち良くなってそのまま寝てしまいました。

この隙をつき、オオクニヌシはスサノオの髪を柱に縛り付け、太刀と弓矢と琴を持ち、スセリビメを背負って逃げ出しました。

しかし、琴の弦が木の枝に引っかかってしまい大きな音が鳴り響いてしまったのです。

この音で目覚めたスサノオは、オオクニヌシとスセリビメを追いかけようとしましたが、髪が柱に縛られていたため、その場から動くことができません。

髪がほどけないまま力任せに家を引きずり倒し、遠ざかっていくオオクニヌシにスサノオはこう叫びました。

その太刀と弓矢で、お前を殺そうとした兄たちを倒せ!!そしてスセリビメを妻に迎え、出雲の地に壮大な宮殿を建てろ!!

なぜスサノオは試練を与えたのか?

出雲大社にある、大国主神の銅像【画像:Wikipediaより Flow in edgewise撮影】

純粋に考えれば 『スセリビメと結婚するのに相応しい男か見極めようとした』 のでしょう。

なお、 厳密に言うと『大国主神(オオクニヌシノカミ)』という神名は、スサノオから逃げ出した際に、スサノオから命名されています。 (それ以前は『オオナムヂ』と呼ばれていました)

ニニギノミコト(瓊瓊杵尊/邇邇芸命)とは|神話や系図から神社の情報をご紹介

ニニギノミコトとは日本の古来の神様で、有名なアマテラスオオミカミ(天照大御神)の孫に当たる天津神という神様です。 アマテラスオオミカミという名前を聞いたことをある人は多いと思いますが、「ニニギノミコト」という名前を聞いたことがある人は少ないと思います。 今回はそんなあまり知られていませんが、日本の神話の世界でとても重要な神様であるニニギノミコトについて、ご利益やニニギノミコトがどんな神様なのか解説します。

ニニギノミコトは漢字で書くと

ニニギノミコトの別名とは?

  1. 天饒石国饒石天津彦火瓊瓊杵尊(あめのにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎ)

  2. 天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(あめのにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎ)

  3. 天津日高日子番能邇邇芸能命(あまつひこひこほのににぎのみこと)

  4. 天津日子番能邇邇芸命(あまつひこほのににぎのみこと)

  5. 天饒石国饒石天津彦火瓊々杵尊(あめにぎしくににぎしひこほのににぎのみこと)

  6. 天国饒石彦火瓊々杵尊(あめくににぎしひこほのににぎのみこと)

  7. 天津彦国光彦火瓊々杵尊(あまつひこくにてるひこほのににぎのみこと)

  8. 皇御孫(すめみまのみこと)

  9. 天杵瀬尊/裒能忍耆命(ほのににぎのみこと)

  10. 彦火瓊瓊杵命(ひこほのににぎのみこと)

  11. 彦火邇邇芸命(ひこほのににぎのみこと)

ニニギノミコト(瓊瓊杵尊・瓊瓊杵尊)のご利益・ご神徳

ニニギノミコトの神格

ニニギノミコトが祀られている神社・神宮

  1. 霧島神社(鹿児島県霧島市)

  2. 高千穂神社(宮崎県西臼杵郡高千穂町)

  3. 新田神社(鹿児島県薩摩川内市)

  4. 日向大神宮外宮(京都府京都市山科区)

  5. 射水神社(富山県高岡市)

  6. 築土神社(東京都千代田区九段北)

  7. 常陸國總社宮(茨城県石岡市総社)

  8. 国見神社(奈良県御所市)

  9. 富士山本宮浅間神社(静岡県富士宮市宮町)

  10. 荒穂神社(福岡県嘉麻市)

  11. 箱根神社(神奈川県足柄下郡箱根町)

  12. 椿大神社(三重県鈴鹿市)

ニニギノミコトの神話の物語

ニニギノミコトの継続

  1. 天照大御神/アマテラスオオミカミ(祖母)

  2. 天之忍穂耳命/アメノオシホミミノミコト(父)

  3. 高皇産霊神(高御産巣日神)/タカミムスビノカミ(母)

  4. 木花之佐久夜毘売(木花開耶姫)コノハナサクヤヒメ(妻)

  5. 海幸彦/ウミサチヒコ(=火照命/ホデリ)(子)

  6. 火須勢理命/ホスセリノミコト(子)

  7. 山幸彦/ヤマサチヒコ(=火遠理命/ホオリ)(子)

  8. 神武天皇(曾孫)

ニニギノミコトの生まれ~天孫降臨まで

ニニギノミコトが生まれる前に、私たちが今住んでいる地上の世界(=葦原の中つ国/あしはらのなかつくに)はスサノオノミコト(素戔嗚尊)の子孫である大国主命(オオクニヌシノミコト)が治めていました。 しかし、アマテラスオオミカミがその大国主命にその国を差し出すように命じられました。 大国主命はそのお言葉に従ったため、葦原の中つ国を治める神様が送られることになります。 アマテラスオオミカミはその神様として、子であるアメノオシホミミノミコトに降臨することを命じます。 すると、アメノオシホミミノミコトは「子供が生まれたので、その子を下すのが良いかと思われます」と答えました。 アマテラスオオミカミはその言葉を受け入れました。 その子こそが、ニニギノミコトです。

天孫降臨

こうして、ニニギノミコトはアマテラスオオミカミより、葦原の中つ国へ降臨することを命じられます。 これこそが、天皇家の祖先(皇孫)である神様が地上へ降りる、天孫降臨と呼ばれる出来事です。 この時、ニニギノミコトは今の宮崎県高千穂に降り立ったとされます。

天孫降臨に従った神々

  1. 「思金神(オモイカネ)」

  2. 「天手力男命(アメノタジカラオ)」

  3. 「天石門別神(アメノイワトワケ)」

  4. 「天児屋命(アメノコヤネ)」

  5. 「布刀玉命(フトダマ)」

  6. 「天宇受売命(アメノウズメ)」

  7. 「伊斯許理度売命(イシコリドメ)」

  8. 「玉祖神(タマノオヤ)」

三大神勅と三種の神器

ニニギノミコトはこの天孫降臨をする際にアマテラスオオミカミに3つの行うべきこと(三大神勅)と、3つの贈り物(三種の神器)を賜ります。 ・三大神勅 「天壌無窮(てんじょうむきゅう)の神勅」 天地とともに永遠に皇室と国が永続的に続いていくという内容です。 「宝鏡奉斎(ほうきょうほうさい)の神勅」 アマテラスオオミカミがお渡しになった宝鏡を見るときは、私(アマテラスオオミカミ)を見るのと同じように見なさい。 そしてこの鏡は同じ屋根の下、同じ床に必ず置いてしっかりと祀りなさいという内容です。 「斎庭稲穂/由庭稲穂(ゆにわいなほ)の神勅」 稲穂を育て、民を養いなさいという内容です。 また、アマテラスオオミカミの子孫として、正当な皇統を持つことを意味するようになった三種の神器もこの時ニニギノミコトが賜りました。 ・三種の神器 「八咫鏡(やたのかがみ)」 「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」 「草那藝之大刀(くさなぎのたち)/草薙剣(くさなぎのつるぎ)

猿田彦の先導

神勅と神器を受け取ったニニギノミコトは葦原の中つ国へ向かって旅立とうとします。 すると、葦原の中つ国への道の途中に、異様な風貌をしたものがいると言われました。 そこで、その者が何者かを確認するために、アメノウズメノミコトが聞きに行きました。 聞いてみると、 その神は名を「猿田彦(サルタヒコ)」と言い、国津神と言う葦原の中つ国に元々住んでいた神で、 「ニニギノミコトを葦原の中つ国へ先導せんために来た」と述べます。 ニニギノミコトはこの猿田彦の申し出を受け、先導をしてもらい無事に降臨をします。 謎の多い猿田彦という神様についてはこちらで解説しています。 猿田彦大神(サルタヒコ)とは|ご利益や神社・様々な説をご紹介

コノハナサクヤヒメとの出会い

天孫降臨後、ニニギノミコトはアマテラスオオミカミから賜った神勅を守り、国造りを始めます。 ある日、笠沙の岬でニニギノミコトは美しい姫と出会います。 その姫は名を「コノハナサクヤヒメ」と言いました。 ニニギノミコトは早速その美しい姫に求婚をします。 コノハナサクヤヒメの父である、大山津見神(オオヤマツミノカミ)はこの話を大変喜びました。

イワナガヒメの登場

このことを受けて、大山津見神は 「二人の娘を結婚にと差し上げたのは、イワナガヒメを妻にすれば、天津神の御子の命は岩のように永遠のものになり、コノハナサクヤヒメを妻にすれば、木の花が咲くように繁栄するだろうと考えたからです。 しかし、コノハナサクヤヒメとだけと結婚をしたので、天津神の御子の命は木の花のようにはかないものになるだろう」と申し上げました。

コノハナサクヤヒメが懐妊・出産

ニニギノミコトは深い愛でつながったコノハナサクヤヒメと契りを交わします。 すると、コノハナサクヤヒメはたった一日で子を授かったといいました。 ニニギノミコトはその懐妊の報告を聞いて、自分の子ではなく、国津神の子供なのでは?と疑いの目で見てしまいます。 コノハナサクヤヒメはその疑いを晴らすため、次のように言いました。 「もし、今腹の中にいる子供が天津神の子供であるならば、何が起きようと無事に生まれるはずです」と言い自ら産屋に入った後、火を放ちます。 そして、コノハナサクヤヒメはその火の中で、海幸彦・ホスセリ・山幸彦という三柱の子を産みます。

 
 
 

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